心を軽くする方法~認知行動療法のblog

心理学で心を軽くする方法。心理学で心をひも解き、相手も自分も理解しあう事が出来る。【心理研究家】佐屋鉄心

2016年11月

自分の中で起こっているプロセスを分解してみる

認知行動療法では、出来事と感情に対してそのプロセスを細かく分析するという作業を行います。

切り分けや分析をすることで、自分のスキーマを把握し、感情を変える手がかりとします。

では、例を用いて分析の過程を紹介します。

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●出来事
友人に電話したが素っ気無い感じで用件だけを伝えることしか出来なかった。

●気持ち
悲しい

という状況と感情があったとしましょう。

まずは、感情が出てくるときには自動思考があります。思い浮かんだ考えやイメージです。

この場合は、悲しいと感じる前に「嫌われた」などのように捉えています。

では、なぜ嫌われたと思ったかというと、「素っ気無い」=「嫌われた」というスキーマがあります。

これは、その人の経験の中で素っ気無い人は自分に興味がなく、むしろ嫌っているというロジックがあることによって生まれます。

では、これを改善するためにもう少し深く考えていきます。

まずは、事実に沿っていることと、予測や想像していることを切り分けます。

事実
→素っ気無いと捉えた自分
→悲しいと思った自分

予測や想像
→素っ気無い相手
→嫌われている

これを時系列にすると
 予:素っ気無い相手
→事:素っ気無いと捉えた自分
→予:嫌われている
→事:悲しいと思った自分

となります。

相手が素っ気無いと感じた自分は紛れもない事実ですが、相手が素っ気無くしたかどうかはこちらからはわかりません。

丁寧な対応をしなければいけない状況で、それが素っ気無い感じになったかもしれません。

ここで難しいことが、「自分が捉えたことが真実かどうか」疑ってみる事です。

そしてほとんどの場合、考えても真実はわからないという答えになります。

ですがそれでいいのです。決めつけで感情が捉われてしまうのではなく、「かもしれない」としておくことが大切で、実はこれが真実です。

相手がどのような状況なのか、相手がどのような感情だったのかがわからないのですから、「かもしれない」が正しい答えです。

そして、その事実から「嫌われている」ではなく「嫌われているかも、そうじゃないかも」が予測となります。

よって「素っ気無い」=「嫌われた」というスキーマは全てに当てはまる訳ではないということがわかります。

素っ気無いからといって悲しいと感じるのは自分のロジックがそうなっているだけだったのです。

本当に嫌われているなら悲しいですが、そもそも嫌われているというのが事実かどうかがわからないのですから悲しくなる事はないのです。

●出来事
友人に電話したが素っ気無い感じで用件だけを伝えることしか出来なかった。

●気持ち
悲しい

の中には、これだけの考えや予測があり、それを無意識に行っています。

認知行動療法では、プロセスを分解・分析することによって感情を変えることが可能です。

皆さんも、出来事と感情からそれを紐解く作業を行ってみてください。




生きている意味がわからない

「生きている意味がわからない」
「生きる理由が見つからない」
と考えた事はないでしょうか。

相談の中で時折出てくるテーマです。

人生を謳歌出来ていない方は沢山いらっしゃいます。

生きている事の方がつらいと感じている方も沢山いらっしゃいます。

そんな中では、生きるという事に意味を見出せない事はよくあることだと思います。

私はこのような悩みを持っている方には「生きる意味や理由は自分で決めて良いんですよ」と言います。

このテーマで私が行き着いた答えです。

生きている意味がわからないという方にはいくつかのパターンがあります。

そのパターンごとに少し考えてみましょう。


生きている意味がわからない

●承認欲求が満たされない場合

人は承認欲求というものがあります。その中でも他者承認といって、人に認められることで生きているという実感を持つというものがあります。

ですが、承認欲求が強く、状況的に人に認められることが少ないと自分の存在意義が見失われてしまいます。

そうなると生きている意味がわからなくなってしまいます。

これは、自尊心が低い場合に起こることで、自分の価値を他者にゆだねている事が原因です。

自分が理想とする自分であれば、他者からの承認がなくても満足感を得られます。

それは、自分が理想とする自分になる事が生きる意味になるということです。

そして自分が理想とする自分は、自分で決めるものです。

人や世間が決めるものではありません。

但し、理想の自分が遠すぎて挫折してしまう事もあります。

そんな時は諦めずに、理想とする自分に少しでも近づけるように努力をすることが大切です。

これが自分の生きる意味を自分で決めていいという理由の一つです。


●生きがいが無い場合

生きがいが無い場合、満足感を得られないために人生を悲観的に捉える事があります。

自分の中で楽しい事はあるけれど、それが出来ない状況なんです!と言う方もいらっしゃると思います。

ですが出来ない、無理だ、と決め付ける事は無いんです。

それが出来るようになる努力をする事が大切です。長い道のりになる事もあるでしょう。ですが自分がしたいと思うことをするかどうかは自分が決めているんです。

実は生きがいが無い人は、自分で抑止をしていることがほとんどです。

そこまで行き着くことがつらいから、世間的にはずかしいから、他人に無理だと言われたから、

色々な理由で自分で自分に蓋をしてしまうことがあります。

その蓋を外すかどうかは自分が決めることです。

もう一度、自分の正直な気持ちに耳を傾けることが必要ではないでしょうか。

これが自分の生きる意味を自分で決めていいという理由の一つです。



●現状がつらい場合
 
現状が肉体的・精神的につらい場合に生きる意味がわからなくなることがあります。

喪失感や一過性のストレスなどで生きている意味がわからなくなるような状態もこれにあたります。

生きている事自体がつらいというのは、希望を見失いがちです。

ですが、自分の状況を変えられるのは自分だけです。

環境的にも精神的にもです。

環境的につらいのであれば、自分の理想とする環境にどうすればいけるかを考え、精神的につらいのであれば考え方や捉え方を変えるのも自分次第です。

状況のせいにしていても何も変わりません。

大切なのは「自分がどうなりたいのか」です。

誰でも、それを考える事は出来ますし、少しづつでもそこに近づく事は出来ます。

これが自分の生きる意味を自分で決めていいという理由の一つです。


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自分が当てはまるものはあったでしょうか。

生きる意味は与えられるものではなく、自分で決めるものだと私は考えます。


少し脱線しますが、私がこの考えに行き着いたのは、そもそも生物は何のために生きているのかを考えてみたからです。

生物は、後世に命をつないでいくために生きています。

これは、今の世界はその使命をもったものだけが生き残っているという事を考えると、大切な使命だったのかもしれません。

人間で考えてもその使命を持っていたからこそ今の世に生存しているのです。

ですが、人は知恵を持ち考える事が出来るようになりました。

後世に命をつなぐ以外にも生きる意味を見つけることが出来るようになったんです。

では、命をつなぐ以外の生きる意味を見つけるとはどのようなことでしょうか。

それは、与えられるものではないので自分で決めるしかないのです。

心理学から少しはずれましたが、私が考えたプロセスはこのような感じです。

皆さんも自分らしく、自分のしたいことを見つけ、そこに向かって進んでいけるような努力が出来るように思考を巡らせてみるのはいかがでしょうか。
 
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